政策論としての地域包括ケアシステム論は、対象人数が多く、介護保険という大きな安定的財源のある高齢者ケア分野から始まりました(2003年度に厚生労働省社会・援護局長によって設けられた高齢者介護研究会報告『2015年の高齢者介護』)。

 一方、実践活動はそれよりずっと早く、「地域包括ケアシステムの生みの親」である広島県御調町(現在は尾道市)の公立みつぎ病院山口昇院長が、すでに1970年代から取り組んでおられました。 1980年代には「尾道方式」として知られる尾道市医師会において、片山壽会長(当初は理事)の指揮の下、医療介護のみならず福祉分野も取り込む包括的な連携が構築されていきました。 また2000年代初頭には、長岡市のこぶし園において、小山剛総合施設長が特養機能を市街地のサポートセンターに移し、高齢者の地域居住を精力的に進め始めていました。

 2008年に、厚生労働省老健局長の肝いりによって、老人保健健康等事業の一環として地域包括ケア研究会がスタートしました。 その頃の定義は、「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた圏域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の相互支援が包括的に確保される体制」でした。

 その後、関係者による活発な討議や実践を通じて、現在の地域包括ケア概念はより広くなり、「日常生活圏域を単位として、医療・介護・社会福祉・互助活動など何らかの支援を必要としている人々を含め、誰もが望むなら、住み慣れた地域の住みかにおいて、 自らも主体的な地域生活の参加者として、尊厳を保ちつつ安心して暮らし続けられるための仕組み」と表されるように深化を遂げています。

 地域包括ケアシステムのコアは様々な専門職による協働であることは言うまでもありません。ただし、対象は医療・介護を利用する虚弱高齢者だけにとどまらず、保育が必要な児童や幼児、支援と見守りが欠かせない障がい者、認知症・MCIの方、外国生まれや外国籍の人など、 そしてそれぞれの家族も、地域包括ケアシステム構築により「社会的包摂」を共に図るメンバーと考えられるようになりました。

 地域包括ケアシステムのもう一つの側面はまちづくりです。元気高齢者はもちろん、支援を必要とする方々も巻き込み、いろいろな形で地域社会においてそれぞれが役割をもつ仕掛けの構築努力がなされています。 また、医療・介護・社会福祉・建築などの資格職にとどまらず、地元商店など商業やサービス業、鉄道やバス会社、金融機関、寺院や神社、さらには大学や高等学校などに働く人や通う人が、自治体が黒子としてデザイン機能を発揮する体制を利用しつつ、地域包括ケアシステム活動に加わっている様子も大変好ましい進化です。 また、県庁や市役所・町村役場、地方厚生局などに、地域包括ケア担当官・課長・局長などが任命される姿が当たり前になってきました。さらにAI、ロボット、センサー、IoTなどの発達もこの分野の進展に大きな貢献を果たしていくでしょう。

 日本地域包括ケア学会は、こうした多彩な活動やそれを支える研究が報告・発表され、互いに学び、積極的に議論する場となるよう努めてまいります。皆様の参加と支援をお願いいたします。

日本地域包括ケア学会 理事長
公立大学法人埼玉県立大学理事長
慶應義塾大学名誉教授
田中 滋